高齢者施設で暮らす方にとって、訪問マッサージにはどのような意味があるのでしょうか。
「施設には介護職員がいる」
「施設でも機能訓練が行われているのでは?」
「それなら、わざわざ外部から訪問マッサージに来てもらう必要はないのでは?」
そう思われる方もいるかもしれません。
私は、あん摩マッサージ指圧師として訪問マッサージに携わる一方、特別養護老人ホームでケアマネジャーとして働いた経験があります。
その両方を経験したからこそ感じていることがあります。
訪問マッサージは、単に「身体を揉むだけ」のものではありません。
身体の状態を確認し、マッサージや関節への働きかけを行う。必要に応じて、身体を動かす機能訓練も行う。
そしてもう一つ、私が大切だと考えているのが、一対一でその方と向き合う時間です。
身体に触れ、身体を動かし、会話をする。
施設で暮らす方にとって、訪問マッサージには身体への働きかけだけではない役割もあるのではないでしょうか。
施設でも訪問マッサージを利用できる場合があります
「訪問マッサージ」という名前から、自宅へ来てもらうサービスというイメージを持たれる方もいると思います。
しかし、訪問先は自宅だけではありません。
医師の同意があり、歩行が困難であるなど通所して施術を受けることが難しく、医療保険の要件を満たしている場合には、本人が生活している施設へ訪問できる場合があります。
特別養護老人ホームや有料老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅、グループホームなどで利用できる場合があります。
ただし、施設の種類や本人の状態、保険上の取扱い、施設側の受け入れ方針などによって異なります。
施設に入所したからといって、身体への個別の働きかけが必要なくなるわけではありません。
麻痺がある。
関節が動かしにくい。
筋肉の緊張が強い。
身体を動かす機会が少なくなっている。
そうした方にとって、訪問マッサージは身体への継続的な働きかけを受ける選択肢の一つになります。
訪問マッサージは「揉むだけ」ではありません
訪問マッサージというと、「マッサージをして筋肉をほぐすもの」というイメージが強いかもしれません。
しかし、実際の役割はそれだけではありません。
身体の状態を確認しながら、筋肉の緊張への施術や関節への働きかけを行います。
また、その方の状態に応じて身体を動かすなど、機能訓練を行うこともあります。
大切なのは、単に「気持ちよく揉むこと」を目的とするのではなく、その方の身体の状態を見ながら必要な働きかけを行うことです。
そして、継続して訪問するからこそ、
「以前より身体が動かしにくくなっている」
「今日はいつもより身体の緊張が強い」
「今日は少し動きが良い」
といった小さな変化に気づくこともあります。
施術や機能訓練を通して、その方の身体を継続的に見ていく。
これも訪問マッサージの役割の一つです。
特養では外部の訪問リハビリを自由に追加できるわけではありません
「身体を動かすのであれば、訪問リハビリでいいのでは?」
と思われる方もいるでしょう。
確かに、訪問リハビリと訪問マッサージには、関節を動かしたり身体機能に働きかけたりするなど、支援内容が重なる部分があります。
しかし、特養では、在宅で生活している方と同じように、必要だからと外部の訪問リハビリを介護保険サービスとして自由に追加できるわけではありません。
特養には制度上、機能訓練指導員の配置基準があります。
ただし、これは「すべての特養に理学療法士や作業療法士などのリハビリ専門職が専任で配置され、一人ひとりに十分な個別訓練を行っている」という意味ではありません。
他の職種が機能訓練指導員を兼務している場合もあります。
私がケアマネジャーとして働いていた特養にも、専任で利用者さん一人ひとりの機能訓練を行うリハビリ専門職はいませんでした。
制度上の人員配置と、実際に一人ひとりが十分な機能訓練を受けられることは、同じではありません。
一方、訪問マッサージは介護保険とは別の仕組みです。
医師の同意があり、通所して施術を受けることが困難であるなど一定の要件を満たせば、医療保険の療養費として特養へ訪問できる場合があります。
施設内だけでは十分な個別の身体への働きかけを確保することが難しい。
しかし、在宅と同じように外部の訪問リハビリを追加することもできない。
そうした方にとって、訪問マッサージが一つの選択肢になることがあります。
特養で働いたからこそ分かる「時間」の問題
私は特養でケアマネジャーとして働いていました。
そこで強く感じたのが、「時間」の問題です。
施設の一日は本当に忙しいです。
食事、排泄、入浴、移乗、服薬、見守り、記録、ご家族への対応。
利用者さんの生活を支えるために、多くの仕事があります。
「この方ともう少し歩いてみよう」
「今日は時間をかけて身体を動かしてみよう」
「ゆっくり話を聞いてみよう」
そう思っていても、次に対応しなければならない利用者さんがいます。
食事や排泄、転倒への対応など、今すぐ必要な支援を後回しにはできません。
これは、介護職員が利用者さんを大切にしていないからではありません。
むしろ、もっと関わりたいと思っていても、時間を確保できない。
多くの利用者さんの生活を限られた人数で支える施設では、どうしても起こることだと思います。
だから私は、
「施設に入っているから、施設の中ですべての支援が十分に受けられる」
とは考えていません。
施設だけですべてを抱えるのではなく、必要に応じて外部の専門職が関わることにも意味があると思っています。
人は「安全・食事・運動」だけで幸福なのでしょうか
そして、もう一つ考えたいことがあります。
高齢者施設では、安全に生活することが非常に重要です。
転倒を防ぐ。
必要な栄養を摂る。
薬を適切に服用する。
清潔を保つ。
身体を動かす。
どれも、人が生活するために欠かせません。
しかし、それらがすべて満たされていれば、人は幸福なのでしょうか。
私は、それだけではないと思っています。
安全な住まいがある。
三食食べられる。
必要な介護を受けられる。
身体を動かす機会もある。
それでも、一日ほとんど誰とも話さず、誰からも自分自身に関心を向けてもらえなかったとしたら、その生活は本当に豊かなものなのでしょうか。
人間は、身体だけで生きているわけではありません。
人と人との関係の中で生きています。
高齢になり身体が不自由になると、外出する機会が減ったり、友人に会えなくなったり、家族との交流が少なくなったりすることがあります。
施設にはたくさんの人がいます。
しかし、
「周囲に人がいること」と「誰かと関わっていること」は、同じではありません。
だからこそ、一対一で誰かが自分に関心を向けてくれる時間にも意味があるのではないでしょうか。
身体に触れることもコミュニケーションの一つです
コミュニケーションというと、「会話」を思い浮かべることが多いと思います。
もちろん、会話は大切です。
しかし、人と人とのコミュニケーションは言葉だけではありません。
表情を見る。
目を合わせる。
相手の反応を待つ。
そして、身体に触れる。
こうした非言語的な関わりも、コミュニケーションの一つだと私は考えています。
あん摩マッサージ指圧師は、身体に触れる専門職です。
身体に触れながら筋肉の状態を見る。
関節を動かす。
身体を動かしてもらう。
そして、その間に会話をする。
「今日は少し動きやすいですね」
「ここは痛くありませんか?」
そんなやり取りをしながら、その方と向き合います。
身体への施術や機能訓練と、人とのコミュニケーションは、別々のものではありません。
身体に働きかけながら、その人自身とも関わる。
そこにも訪問マッサージの意味があると思っています。
もちろん、触れられることを好まない方もいます。
本人の意思や反応を大切にすることが大前提です。
そのうえで、人の手によって丁寧に身体に触れてもらう時間も、人との関わりの一つになり得ると思います。
一対一で関わる時間を、施設での生活の中に
訪問マッサージでは、施術者がその方のために時間を確保して訪問します。
身体の状態を確認する。
マッサージをする。
関節を動かす。
身体を動かす。
必要に応じて機能訓練をする。
そして、話をする。
その時間は、その方と一対一で向き合う時間になります。
もちろん、訪問マッサージが施設職員の代わりになるわけではありません。
誰か一人ですべてを担う必要もありません。
介護職、看護職、ケアマネジャー、機能訓練に関わる職員、そして必要に応じて外部の専門職。
それぞれができることを持ち寄り、必要な部分を補い合えばよいのだと思います。
訪問マッサージも、その一つです。
「その人らしく暮らす」ための選択肢として
高齢者支援では、「その人らしい生活」という言葉がよく使われます。
その人らしい生活とは、転倒しないことだけでしょうか。
三食きちんと食べることでしょうか。
身体機能を維持することでしょうか。
もちろん、どれも大切です。
でも、それだけではありません。
誰かと話す。
自分の話を聞いてもらう。
身体を動かす。
笑う。
誰かに自分のことを気にかけてもらう。
そして、ときには人の手のぬくもりを感じる。
そうした数字では評価しにくいものも、人が生きていくうえでは大切なのではないでしょうか。
訪問マッサージだけで、その方の生活をすべて変えられるわけではありません。
できることには限界があります。
それでも、定期的にその方のもとへ訪れ、身体の状態を確認し、施術や機能訓練を行い、話をする。
その時間が身体を支えるだけでなく、その方の生活の中の小さな楽しみや、人とのつながりの一つになることもあると思います。
よろこび治療院では、身体だけを見るのではなく、その方がどのように暮らしているのかということも大切にしたいと考えています。
身体への支援と、人との関わり。
その両方を大切にしながら、その人らしい暮らしを支える。
それが、私が考える訪問マッサージの役割です。

